「 優しさを主とし、知的・客観的に確かな 思いやりの心 」  それを推奨していますが ... らくがき帳になっています。 ( 何の専門家でもありません。) 番号をクリックすると、その全文が表示されると思います。

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1964年の東京五輪では戦後の復興が示されたのだろうが、言葉で飾られたというよりは国民全体の実感が先立っていたのではなかろうか。

 

道路・交通の整備や建築物の建造などは、開催に合わせて頑張れば何とかなる性質のものだったろう。

 

今回の東京五輪で、震災の復興やコロナに打ち勝った証しを掲げても、原発事故の処理やコロナは、思うようには行かない性質のものだ。

 

 

戦後の復興が政府の認定によって決まったものではないように、震災の復興も政府の思惑ではなく、被災地の人々の自然な思いによるものでなければならないだろう。

 

被災した人々の間での十分な実感が伴なっていないうちから、復興が掲げられたのではなかろうか。

 

 

コロナを掲げることも無理な点としては、仮に日本や欧米で抑制できたとしても、ワクチンが世界中に行き渡りもせずに打ち勝ったなどと言えば、ひんしゅくを買うのが確実なことである。

 

既に記しているが、悪夢の安倍政権下では、時間泥棒的な意味泥棒による被害が著しかった。

 

継承した菅政権も、感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。

 

五輪の日付に合わせることができない性質のことを掲げれば、取り繕うようなことになるのは明らかである。