自殺者論を展開するのなら、今後の経済政策・支援策その他 様々なことについて、自殺者をなくすという観点から政策を提示・推奨してほしいです。
困窮者への小口資金貸付 ( 生活保護との関係上 貸付けになるのか 分かりませんが ) について、返済が免除される場合があるというのは いいことですけど、運用がどうなるのかも分かりませんし、精神的な負担はどうなんでしょう?
エビデンスがない場合には、心の負担を小さくする必要があるんじゃないのかしら。
南風が吹いて上空で飛行機を飛ばされてるみたいなので、政府に協力するのは馬鹿らしく思われます。
穏やかな休日感も奪われるの。
容認している自治体なんかも含めて、住民・国民のどんな生活を守るって言ってるのよ。
オリンピック開催の理念と異なる持論が心にある人は、組織運営の幹部になるべきではないので、人選的に問題があったんざます。
現行憲法の理念と異なる持論が心にあるのであれば、現行憲法に基づく総理大臣の地位に就くのもおかしいざぁます。
話の中の一部分であっても、一般論として表現されたことに問題があれば、ほかの部分は関係ないでありんす。
他のことをたくさんの述べたからといって、関係ないでやんす。
報道目的や事実の指摘が必要というわけでもない文脈で、他人の見解を批判せずに引用すれば、肯定ざんしょ。
一方で、謝罪会見は 謝罪文を読み上げるだけのものではないので、前後の立ち居振る舞いや応答すべてが関係するざぁます。
威張ったり、逆切れしたりするのでは、謝罪にならないざます。
そのような場合、不適切な発言を撤回しても、不適切な考え方は、これからも続くことが推察されるでやんす。
思いやりの心が十分であれば、蔑視発言にはならないにゃん。
IOCが 謝罪会見をすべてを理解したうえで 終結させようとするのであれば、理念を掲げていても所詮その程度の扱いかということになるわね。
性差による傾向性の分析などを全否定すべきだとはと思いません。
ただ、話や会議の長さに違いが出ると感じたことは無いわ。
競争意識が強いとかは、テストステロン的な面で、男性かと思ってきたざます。
実務をよく知らない人を参加させる必要がある場合には、時間がそれなりに掛かる可能性がありそうでやんす。
社外取締役などは どうしてるんでしょうか。
文末の表現が気になって内容が入りにくくなることに気づいたわ。
お嬢様などに変なキャラ設定をして自分を笑いの対象にしているだけなんですけど。
ごめんなさいね。
自助、共助、公助、そして結局、自助みたい。
絆というのなら、社会のあり方 にまで 踏み込み、救いの手を差しのべて、絆を全うすべきよ。