優しさを主とし、知的・客観的に確かな 思いやりの心 。  それを推奨していますが ... らくがき帳になっています。 ( 何の専門家でもありません。)

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アベな不義を 長期にわたり支え続けるも 既に敬意を表されていて 偉い宰相 による 放置主義も ( 年末に至って少し抑制が始まったようだが ) 問題である。

 

コロナに対する国民の意識や対処に違いがある中で、緊急事態っぽいが緊急事態宣言を出すほどではないというようなメッセージでは、ブレーキが必要なところに伝わらないだろう。

 

勝負の三週間に負けた 敗軍の将が兵を語ったところによると、4月に緊急事態宣言を出したときより、どうしたら良いか分かってきているとのこと。

( 将=これまでに分かったことや合理的な推論による進言を活かせずに負けた宰相 )

 

 

年末年始は、元々家族と静かに過ごす人も多いと思われるので、忘年会・帰省・初詣・新年会などでの接触が二週間くらい抑制されれば、効果が少し期待できるのかもしれない。

 

せっかくの抑制機会を最大限活かすには、制御が遅れた関係上、緊急事態宣言を出したうえでのさじ加減を考えたほうが良かった。

 

人によってばらばらな対応なのに、4と5や3と4の間の引き締めを指示して、合計での改善を期待するのは、主観的過ぎる目論見だ。

 

ONとOFF 。 さらに 強 。不特定多数相手のメッセージとしては そのくらいにすべきで、後のレベルは 法律の運用や 対処の仕方などによるべきだろう。

 

 

特措法について改正が必要な部分というのは、これまでになされていなければならなかったはずだ。

 

国会を開きたがらず、閉じたがる姿勢で 来年の話をするというような、鬼を笑かす能力に長けているらしい。

 

悪魔も、放置プレー賞 や 放置ファインプレー笑 などを用意しているのかもしれない。

 

 

 

トロッコ問題の例にぴったりとあてはめられるわけではないが、ブレーキを掛けたり、ポイントを切り替えたりせずにそのままだと、コロナによる死亡が増えたり、医療が不十分になる。

 

ブレーキやポイント切り替えだと、、経済的な損失が大きくなることと、生活上や精神上の困難で 人が自ら軌道内に入ってくる。

 

順序としては、強くブレーキを掛け、ポイントも切り換えたうえで、別の軌道での犠牲者を救う手立てを考えるべきだろう。

 

現状は、ブレーキを掛けながら、止まらないようにもしているのかもしれない。

 

コロナの犠牲者は他のことでも死亡する可能性があり、医療従事者の負担と共にある程度犠牲にして、社会経済活動も限界的なところまで犠牲にするといった選択がなされているのではなかろうか。

 

しかし、感染抑制の対応が不十分だと 通常の生活や経済には戻らないということも、分かってきたことではないのだろうか。

 

運転士の感染で、地下鉄の運行に影響が出たりもしているらしい。

 

 

必要な政策でも、そのことで直接犠牲者が出るのであれば不当であるが、自殺者の増加が予想されるから、必要な政策を採用できないというのはおかしい。

 

自殺を思いとどまることも、感染対策と同様、各自の意識が大切であるし、社会全体からのお願いや法律上の要請もあり得るものだろう。

 

感染被害を出さないよう守ったうえで、自殺者を救う、自殺しないで済むように守る手立てが講じられる必要がある。

 

 

自殺者の増加と、感染死亡者の増加を、釣り合わせるような算定が、合理性なのだろうか。

 

自殺者の増加といっても、増加分の関心しか示されておらず、実際には通常通りの経済を望んでいるだけであるように思われる。

 

これまで、目的のために走らせ続け、軌道内に自ら入って来る人をさほど気に掛けず、ブレーキを掛けるときだけ、その増加分を計算して見せるかのようだ。

 

ひとまとめにした損益計算の予想が正しいという保証もない。

 

順序的に先に存在する対処を後回しにする判断は、医療や災害救助の極限的な状況と同様の場面で、神のような立場に立つものである。

 

 

救える手段を持たないのなら 救いようもないが、そうではないだろう。

 

予算が何兆円規模だというのなら、まず、衣食住について 誰も心配しないで済むようにするということが 根幹的な意識から抜けてはならず、事業の補償や観光を促進することで手いっぱいになって、生活の部分が不十分になったり、先々の生活不安がつのるのでは、自粛要請も効かない。 

 

勝負の三週間で負けたため、受験への配慮も より必要になっている。 

 

 

2週間と結果の把握での もう1週間という3週間だと長いので、強い制限を2週間で解除し、不十分なことが判明したら、更に2週間というやり方が良いと思う。

 

強制力より、正しい情報が伝えられての自主的な対処が重要らしいが、情報に対する評価や方向性をはっきりと示すことで、協力者を増やし、度合いを強化してもらえるのではなかろうか。

 

道徳的な正しさだけでなく、法的な正しさもはっきりとさせることで、方向性や協力者側をサポートすることには、意味があると思われる。

 

道徳的な正しさの意識が低い人の割合が高いと、法的な正しさを整えても、実行再生産数を1以下にする辺りで影響しないかもしれないが、自粛でいいところまでいけるなら、あともう少しの部分の後押しに効果はありそうに思える。