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多様性を許容することが大切だといっても、気持ち悪さを感じさせるマークが公共的に採用されることには疑問がある。

 

生命を表しているのは確かかもしれないが、輝きとは結びつかないようにも思われる。

 

太陽の塔の強烈な印象を意識したようだが、太陽の塔に人々を驚かせようとした面があったとしても、気持ち悪さとは違うのではなかろうか。

 

インパクトの強さに合わせるのではなく、「( 故岡本太郎氏が意識した ) 美しさ」のほうにまずは合わせることが、公共性に適う。

 

 

デザインだと、絵画や造形より、思考や計算が働き過ぎてしまうのかもしれない。

 

多様性の御旗の下でも、インパクトありきで、曇りガラスや黒板を爪で引っ掻いたような音や感覚が公共的に強いられても困るだろう。

 

命としては輝いて良いと思うが、公共的に掲示されるようなものは、輝きを放つTPOも考慮されるべきだろう。

 

また、美的評価と、命の大切さや多様性などは、分けて考えないと、芸術が成り立たない。

 

 

公的に採用されると、個人の自由や権利の保障は、受け手側と権力側との問題になる。

 

表現の自由に関して、表現できる場や見たい人が見ることができる場があることは重要だが、見たくない人の目に何気なく入ってしまうという状況は良くない。

 

気に入ったという人や応援する人もいるのだろうが、気持ち悪いと思う人が多いのであれば、テレビ放送などでは、モザイクを掛けてほしい気がするし、一般的な掲示は不適切であるように思われる。