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命を失った後に特定の場所で会おうという約束は、内心のこと、宗教的領域に関わることであると思われるが、その内容を死後に実現するために、故人が自分のことで他者に何かを強いようとするものだろうか。

 

戦争で命を失わずに生き続けることができた人々の多くが、戦争をすべきではなかったと考えるに至っている。

 

もしも亡くなられた方々が生きることができたとしたら、同じように思うと考えるのが自然な推量である。

 

御霊が存在するのなら、人々がそう思うに至っていることを理解していると考える必要がある。

 

間違いと分かったことに沿って 後の人々が行動することを 故人が望んでいると考えるのは 良くないだろう。

 

戦争が正しかったと思い続ける人がいても、誤りであったと国として認めてきている以上、間違った考えに沿って大臣が行動すべきではないのは明らかである。

 

間違いを認めたからといって、反省に立った ふさわしい様式で 哀悼の誠を捧げることができなくなるわけではない。