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後知恵による正当化ではなく、高校野球の良さは各地方大会にあると、ずっと前から個人的には思っていた。

 

( 全国優勝しか考えていなかった人などにとっての残念さは、気の毒としか言いようがないが…。)

 

 

レベルの差はあっても、甲子園を目指して練習し、仲間と共に心技体に磨きをかけて試合に臨み、ベストを尽くそうとするところに良さがあると思う。

 

甲子園は 心の中にあるその象徴であって、場所や器の問題ではない。

 

各地の代替大会は必ずしも完全なものではないのかもしれないが、例年でも メンバーに入れなかった人は舞台に立つことが叶わないということも考えれば、晴れの舞台を経験できた人は良かったと言えるだろう。

 

舞台に立てたかどうかにかかわらず、それぞれの練習・試合・勝利・敗戦・すべての経験や思いの価値は、例年と何ら変わるものではない。

 

ありがたさや感謝の気持ちは、例年以上であるようだ。

 

心からの感謝は、自分の幸せに気付くことができたということであろう。