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羽田新ルートの下では、遠くの雷鳴が短時間で近づいてくるような騒音が繰り返され、住民の平穏な生活が害されている。

 

虹を見つけても、気持ちが晴れない。

 

飛行機と虹のコラボは、映像的には良いかもしれないが、その下の町の人の気持ちを想う人はあまりいないだろう。

 

平穏さが分かりにくい人は、美しい映像を見るときに騒音をBGMにすることを想像すると良いかもしれない。

 

建物の防音工事で、町の平穏は取り戻せない。

 

都会の中で静けさまで求めるのはなかなか難しいかもしれないが、公園など憩いの場を奪われて良いわけではない。

 

余分な騒音や危険を押しつけられるいわれはない。

 

旅行者や観光関連事業者でも、心ある人なら、誰かの生活を害していることを知れば心苦しいだろう。

 

やめるよう皆で表明したり、働き掛けたりするのが良い。

 

効用や利益の満足だけにしか関心がない人は、優しさから遠ざかってしまい、幸福を求めても得られない。

 

他者のために騒音の犠牲を喜んで受け入れる人は、幸福を得られるだろうが、客観的に見て公正さに欠けることを、他者や社会は放置すべきではない。

 

 

平和主義を制圧主義にしてしまったり、誰かの生活を犠牲にしたうえで、他の生活者の利益を図ったりすることを放任していて良いのだろうか。