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第一波での検査数の少なさが考慮されるとしても、グラフの比較では、現在のものを若干縮小して第一波での急増の前にずらした位置で考えるのが妥当だろう。

 

 

陽性率は、濃厚な部分を超えて検査数が増えることで下がる面と、クラスターを追えている部分の比重が高いと上がる面とがあるのだろう。

 

 

第一波での抗体検査から、無症状者など潜在的な感染者数はそれほど多かったわけでもないという評価もある一方で、把握されて発表されていればかなり多かったとも言えるのかもしれない。

抗体ができる前に自然免疫で撃退できたりもするらしい。

 

言われているように、第一波後は手洗い・マスク・三密回避・外出自粛などの対策で高齢者などへの感染が抑制されてきた面も強いのかもしれない。

 

それでも、感染者数のレベルが高いと、防壁を超える部分も多くなってしまうのだろう。

 

 比較しにくい状況を続けたままだと、前の経験を活かす判断が難しいだけなので、検査を限定する選択は無い。

 

インフルエンザでも冬季以外の流行があったようだが、高温多湿下でのコロナの感染継続も予想の範囲内とはいえ、断続的な困難に苦しさがある。

 

 

総合的な判断として増加傾向が見て取れるのであればブレーキが必要であり、政府の誤りでアクセルが踏まれても、多くの国民がそれを無視することを期待されてしまっているのが現状なのかもしれない。

 

 

第一波での犠牲が欧米より少なかったからといって、政府の対応が良かったとは言えず、まだ同じ状況に至っていないから対応をしないというのは、判断を誤っている。

 

遅くて弱い対応だと国民の負担が大きくなり、第一波の轍を踏む。

 

二の舞いに耐えるのも苦しく、場合によっては、前回以上の苦しさだろう。

 

政府はブレーキから足を外し、救済のハンドルさばきも埒外のように見える。

 

 

 

経済面では、喜捨のような気持ちと消費拡大を結びつける工夫が求められる。

 

経済を回すことを大義名分として主張するのなら、利己的な欲求並みに利他精神を発揮しても良さそうだ。

 

政権を担っている人々や財界人は、そうして経済が回ったらトリクルダウンを受けるのが良い。