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公務員個人が責任を負わないということが、自らの判断で部下に不正をさせる者にまで広げられるべきではないことは、論を待たないと言って良いだろう。

 

また、忖度は個人の心の内でのことであり、組織的に関わった全員が同じ気持ちでいたり、忖度の連鎖が途切れもしなかったのなら、組織全体での忖度とも言えるのかもしれないが、抵抗する者がいたのであれば、忖度の範疇の問題ではないだろう。

 

 

責任者の個人的な忖度について、組織が利用されることは、問題を大きくする。

 

個人的な信条について組織が利用されることなどとも重なっていると思われる。

 

 

言語外の微妙な表現などによる暗黙の示唆も、明白な指図と同じである。

 

 

させた責任者には、当然責任がある。

 

日常業務上の部下の忖度を利用した緩い示唆でも、強要にはあたらないというだけであって、させたことの責任は同じである。

 

 

させられた側は、指示に従って事務的な作業をしただけでは責任を負わないと考えるのが妥当である。

 

反対もせずに不正と知りながら行なったり、部下に投げれば、有責性がある。

 

有責であること自体は、立証の問題には影響されない。

 

ここでも、専門家ではないので個々の刑事責任に言及することはできないが、善いことか悪いことかを一般的に論じることはできるだろう。