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新型コロナウイルスで死亡するリスクと外出自粛や休業によるリスクがどの程度かは、その人毎の状況によって違いがある。

 

国や自治体は、接触制限と解除の切り換えを行なっていく必要があるが、トロッコ問題とは違って、救済の余地がある。

 

逆に言えば、切り換えだけで救済が無ければ、遠隔操作で犠牲者を選択することになる。

 

救済策の遅れや出し惜しみも、それに準じたものである。

 

多くの人の命を救うためだからといって他の人の命を犠牲にしてはならない。

 

為政者や官僚は特に、そのことを意識していなければならない。

 

 

切り替えざるをえないからといって、その先の犠牲者を放置して良いわけではない。

 

災害・災禍で必ずしも全員を救うことができない場合があることはどうしようもないが、全体の効用の最大化を優先して、見捨てる・見て見ぬ振りをするということは許されない。

 

 

経済再開に舵を切ったとしても、個々の患者を救う体制を確かなものにする必要があるし、逆に、再制限に舵を切るなら、補償を確かなものにする必要がある。

 

軟禁状態的な問題もあれば、不安感が差別意識に短絡する問題もある。

 

生活に余裕のある人が制限だけを求めて済ませるべきではないし、逆に、感染による重症化リスクの低い人が制限解除だけを求めて感染拡大抑制について協力をしないということも許されない。

 

感染症流行下での、社会・他者への抽象的な配慮だけでなく、直接的な思いやりはいつでも大切である。

 

政治判断を下すことの責任としては、批判を受けることや辞職をすること以前に、救済措置の意識と実行が重要である。

 

 

新しい生活様式が必要になるのなら、新しい政治様式も必要である。

 

利己主義・富の集中・全体の利益底上げを結びつけて、そちらに舵を切り続け、それが正義だとして格差是正をさほど気に掛けないといった政治姿勢は改められなければならない。

 

 

優しさを主とする、知的・客観的に確かな、思いやりの心。