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白銀律という言葉は、黄金律という言葉が先にあってできたのであろうが、内容的に黄金律から派生したと考えるのは、キリスト教中心の捉え方だろう。

 

黄金律も白銀律も、思いやりの心を実践的に言い表した言葉であると思われる。

 

法律の解釈でも、原理・原則・理念から離れて、表面上の言葉だけに囚われるのは良くないだろう。

 

自分がして欲しいことやして欲しくないことについて、他の人が同じように思っているとは限らない。

 

他の人がして欲しいことやして欲しくないことに沿っても、その人のためになるとは限らない。

 

思いやりは、そのようなことを含めて、優しさに知性を加味して判断する精神作用である。

 

思いやりの心がそれら律 (Rule) の中心にあるので、思いやりの心をダイアモンド・明星・太陽・宇宙の中心などと言い表したいところだ。

 

 

思いやりが大切であることは昔から言われているが、人に説こうとすれば、なぜ大切なのかを考えなければならなかった。

 

縁遠かった哲学にも少し足を踏み入れる必要があり、勉強になった。

 

理由付けを試みても、違う価値を重視する人には通じないのかもしれないし、根拠を示しても、覆されたり掘り崩されたりといった果てしない論争が一般に続いているのかもしれない。

 

そして、ここで書いても読まれるのかどうか分からないし、そもそも必要なレベルには達していないのかもしれない。

 

 

 

思いやりについて考えてきたことで、自分の幸せにも思い至ることができた。

 

自分の幸せのほうから考えていたら、幸せを得ることはできなかっただろう。

 

 ( 自慢しているわけではなく、思いやりを向けられるべき人々や幸せを探している人のために記している。

 真の幸せかどうかや自分が死ぬ時まで幸せかどうかは分からない。)

 

 

他者への思いやりの心があってこそ、自分自身に対しても真の優しさを持つことができ、また、様々なことに対して心からの感謝の気持ちを持つこともできる