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責任能力が無いために処罰がなされないと、被害者や社会の処罰感情の行き場を失うが、責任を問えない人の言動には必ずしもポリティカルコレクトネスを期待できるとは限らないため、神経を逆なでされるような言動までも看過せざるをえない点で、より苦悩が増す。

 

ただ、それを意識しておくことは多少なりとも役立つと思われる。

 

実際に犯罪行為がなされれば、社会として対処がなされるのは当然であるが、予め社会防衛として人権侵害に及ぶ措置がなされることを認めることはできない。

 

とはいえ、誰かが犠牲になる蓋然性が高いと専門家によって判断される場合に、負担が少ない制限がなされる必要があることは、受け入れざるをえないかもしれない。

 

他方、国家権力を必ずしも信用することができず、人権侵害がなされるおそれが指摘される。

 

知見が絶対に正しいという保証もない。

 

制約を認めないのであれば、自分が被害を被る場合があることも、受け入れざるをえないことになる。

 

国家権力を憲法や法律で縛るとしても、被害を防ぐために人権を制約することに合意すれば、自分も人権を制約される可能性があり、逆に人権の制約を認めないと自分が被害者になる可能性があることを受け入れざるをえない。

 

それを自分の現在置かれた状況に基づいて判断するのは公正ではない。

 

現実的には、人権に配慮した中での対応という常識的な結論になろう。