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合理性があるとされるとそれだけで正しいと思えてしまうが、自然法則などの科学的な正しさとは違う。

 

合理性自体が、間の欲望や価値判断と結び付いている

 

経済合理性などでは特にそうだ。

 

合理というよりは、合利である。

 

それに気づけば、合理性があるということで思考停止せず、利がどのようなものなのか、誰のためのものなのかが問われるべきであることが分かる。

 

功利主義に基づいて全体の利益が最大化されることが良いということで済ませると、富裕層の利益を増大させるだけで正義に適うということにもなる。

 

貧困層が少しでも潤うのは良いとしても、トリクルダウンのような政策が繰り返されれば、格差が広がり続けることになる。

 

利益の総和を最大化する政策が正当化されるには、果実の分配や恩恵が平等でなければならない。

 

市場経済下の経済合理性だけでは、分配が埒外に置かれたままであり、不正義である。

 

人権保障と公共の福祉との関係や利益衡量でも、利益の総和の最大化という合理性だけでは不正義である。