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忘れられる権利に関して、公表されない利益と公表される利益を比較するという考え方は、公共の福祉のさじ加減によって人権保障が危うくなるという域を出ていない。

 

この場合の公表される利益というのは本人の利益ではなく、社会の利益である。

 

一個人の利益と社会の利益とを比較すれば、通常社会の利益に軍配が上がる。

 

多数派の利益のために個人を犠牲にするのでは、人権保障と言えない。

 

個人の利益を優先しないと社会全体の利益にならないから個人の利益に軍配を上げるのだとするとすれば、もはや判断基準足りえない。

 

 

検索サイトは、問いに対して応答する設定がなされているので、表現行為であると解すべきである。

 

一方、情報流通の基盤・社会インフラであるとしても、内容について人権保障を後退させるのはおかしい。

 

刑罰を科した後、永遠に赦さない社会で良いはずはない。

 

表示されていて不利益に扱われるということは、社会的に赦していないことになる。

 

実態がそうであれば、削除が社会正義ということになる。

 

削除が問題となってしまうとすれば、それは刑罰のあり方を見直す必要があるということである。

 

更生が明らかであれば、公表しておく必要がない。

 

罪人への入れ墨と同じようなシステムを継続させるわけにはいかないだろう。