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天皇のお言葉は、内閣の助言と承認に基づく公的行為と捉えるのが通説のようです。

 

国民主権であるなら、助言の内容について国民が知る必要もありそうですが、内閣が言及・説明すると、お言葉が政治的になってしまうのかもしれません。

 

天皇が政治利用されると、特定の人々にとっての象徴になってしまい、国民統合の象徴ではなくなります。

 

一方で、助言について伏せられた中で、政治的な着色済みの象徴天皇像が示されるのも、民主主義を誤らせるおそれがあります。

政権が天皇を利用して、政権への批判を逸らす・和らげるなど、国民の判断を歪める可能性があります。

 

説明しないのも不透明で、説明してもしなくても問題があるのは、象徴天皇制が民主的な制度として無理があることを示していると考えられます。 

 

ところで、本人が自由な意思で最終的に決定できるなら、助言と言えますが、他人が責任を負い、最終決定がその承認に委ねられるというのでは、生身の人間が傀儡として扱われるに等しいでしょう。

 

 人が自由にしたことの責任を、別の人が負わされるのではおかしいですが、逆に、自分が表現したいことを十分に表現できず、たとえ一部にしても他人の思惟や表現を自分の発言として語らされるのも問題です。 

他者の人権が制限されているということは、自分の身に置き換えて具体的に考える必要がありますし、たとえ本人がそれを希望しているような場合であっても認めるべきでないというのが、一般的になされている社会正義の判断でしょう。