とりとめもなく・13

・政教分離に基づく「献花」の様式について・

 

個人的な儀式では、おおむねその場の作法に従う必要があるのでしょう。

公的な式典では政教分離の観点から、特定の宗教に依らない方法が選択されていると思われます。

 

献花について、宗教上の作法では、花のほうを手前にして置くのが一般的なようなので、式典でもそのようになされているのでしょう。

無宗教の人でもそれに合わせることに疑問を感じない人もいるかもしれませんが、宗教上の作法をマナーとして事実上強制されるとすれば問題があります。

 

花を故人のほうに向けたいと思うことも、自然な感情であるように思われます。

宗教を信じている人でもそう思う人はいるかもしれませんが、宗教的な権威で作法を説かれれば従うのが当たり前ということになるのかもしれません。

式に携わる立場の人は、式場がきれいに見えるほうに傾くかもしれません。

ただ、献花は、飾りつけを完成させていく行為というものでもないでしょう。

 

「マナーとしての」花の置き方が、それほど正当性を伴っているようにも思われません。

たとえが少し飛躍しますが、卒業式で使われる曲が時代と共に替わったりするのと同じような感じもします。

 

切り花は、花がメインでしょうから、玉ぐしと同じ扱い方の所作は不自然であるように思われます。

贈る相手に花を直接手渡す場合を想定すれば、(角度や持ち方は別として)立てた状態で渡すのが自然で、相手が持ちやすくもあります。

花だけ見えるように相手側に倒して渡すこともあまりないでしょうが、逆に茎の先だけ見えるように花を手前に倒して渡すこともそれ以上にないでしょう。

横倒しで渡すのも、切り花では不自然です。花を花として扱っていないように感じられます。

 

 生きている人が花を受け取ったら、少し花を眺めた後で、他の人に見えるように外向けに持つのかもしれません。

故人は自分では置けないので、立てて置けないとすれば、参列者のほうに花を向けて置いてほしいと思うかもしれません。

複数の人の気持ちが対象だと、一律に何が正しいと決めることができないことがあります。

 

マナーを私が決めて強要することはできませんが、公的な式典の方法について提言することは許されるでしょう。

① 故人にも参列者にも花が見えるように、立て(掛け)て置けるようにするか、② 置く前に故人に花が見えるように捧げてから、そのあとは故人の代わりに(と受け止めて)、参列者側に花を向けて置くようにしたら良いのではないかと思います。

丁寧な置き方であれば、それをマナー違反とするのは良くないと思われますので、それは認められるべきですし、無宗教の人はそのように行えば良いのではないかと思います。

最終的に花を参列者側に向けて置くとしても、花を花として故人に捧げる思いは、献花として大切でしょう。