とりとめもなく・11

・年金と再分配・

年金が100年安心という意味について、多くの国民の理解が政府とは異なることが明らかになったのであれば、内容的に批判がある以上、前からそう言っていたという弁解や、理解してもらう努力をするということで済むものではなく、改めて制度を見直す必要があります。

 

国民が安心できるには、悪くてもこの位の生活はできるという点での国に対する信頼が大切です。

年金で生活できず、生活保護も低過ぎれば、社会全体で不安が募るのは当たり前です。

豊かな生活を送っている層が生活をより豊かにするのは、自助によるべきでしょう。

目を向けるべきなのは、生活に余裕がない層で、基礎年金に相当する部分の立て直し・充実が不可欠です。

 

ふるさと納税をまねて、年金納税というのを設けたり、寄付できるようにする制度は可能でしょうか。

原則的にはそのようなことをせずに成り立たせるべきで、生活の基本レベルの保障は、生活保護と老後の年金を分けて考える必要はないと思われます。

元々、生活保護の受給に肩身が狭いような印象があることにも問題があります。

自己責任論は、自己完結で、支え合わない考え方なので、社会制度の機能維持に悪影響を及ぼします。

一方で、不正受給も問題ですが、マイナンバー制度も既に導入されているので対処法は考えられるはずです。

 

社会保障制度は、助け合い・支え合いによるものです。生活の基本レベルに関わる部分を自助に委ねるのはおかしいです。

足りない部分を資産運用で補えというのも、投資は余裕資金で行うようにというのが国の基本姿勢のはずなので問題です

足りないというのは元本が不十分なのであり、安全性の高い運用では補いようがありません。

 

新自由主義的な政策を修正しなければ社会が持たないことに、多くの人が気付きはじめたのではないでしょうか。

助け合いという点では、各自の損得を中心に考えるのも間違いでしょう。

高齢者でも、働ける人や資産の多い人が年金を受給せずに生活するすることは、一つの社会貢献になります。

 

生活が苦しい・余裕がないほうに目を向けて、再分配政策を進める必要があります。

 

福祉を充実させることで勤労意欲が低下してしまうとすれば問題ですが、先述のように、支える側にまわることも一つの社会貢献であり、それは自他ともに幸せなことでもあるということが意識されれば、問題を回避できるはずです。

助け合いなので、行政サービスを受けるだけでなく、支える能力のある人が支える側に立つことは大切です。

能力を発揮できることは、幸せなことです。人の役に立てることも幸せなことです。

自己実現が社会貢献につながるのが理想的です。

できれば人の役に立ちたいと多くの人が思っていると思われますので、勤労意欲低下の問題は対処可能であると考えます。

 

日本の少子高齢化が先に進んでいる点で、世界から注視されているそうですので、日本を誇りたい人は自己責任を叫ぶのではなく、支え合いで支える側にまわることを意識するのが良いでしょう。

世界に方向性を示せるチャンスでもあります。

令和が単なる同調の強制ではなく、うるわしい和なのであれば、思いやりに基づく支え合いは、新元号のもとで日本人の特長を十分に生かせる道に違いありません。

光の面として、明治の近代化や戦後の復興に次ぐ大きな良い機会であると積極的に受け止めることが可能です。

活躍するスポーツ選手が、チームへの貢献を意識するのと変わりないはずです。

 

(補足)

マクロ経済スライドは、ミクロから目を背けています。

生活していけない不十分なレベルの支給で、国民が安心できない制度を100年維持しても,安心できるのは為政者や富裕層だけです。

再分配機能を稼働させずに、打ち出の小槌はないというのは、話をそらしているに過ぎません。