とりとめもなく・4

隠蔽ではないというための言い訳として、

虚偽申述という用語が引っ張り出されてきました。

 

「隠すためではない、事実に反する説明」というのでは、

虚構という点で共通する、空想や創作・フィクションと区別できないのではないでしょうか。

 

虚偽申述でも、事実に反することを受け手が認識していて、そのことを申述者が認識していれば、創作と同様、隠蔽にはあたらないでしょうが、

受け手が事実に反すると認識していても、申述者がその認識を認識せずに虚偽の申述をすれば、隠蔽が問題となってきます。

 

統計調査が創作活動の場ではないのは確かなので、

何かを隠すため以外に、

虚偽の申述をする目的があるのであれば、

それを示す必要があります。

 

公務員が意味もなく虚偽申述をすることがあるとすれば、

それはそれで問題でしょうが、ありえないでしょう。

重要性を認識せずに、漫然と前例を踏襲しているような場合には、許されない内容とは認識されていないと考えられます。内容的に虚偽と言えるかどうかの問題です。

ただ、問題となって指摘を受けたときに、取り繕うのであれば、隠蔽と解されます。

 

子どもが空想を伴って事実と違うことを言うことはあるのかもしれませんが、

公務員が公務に関して、何となく嘘をつくということは考えられません。

 

空想や創作と隠蔽以外で理由があるのなら、はっきりと示す必要があります。

 

何かを隠すため以外の目的が示されなければ、

それは何かを隠すための虚偽申述であり、

隠蔽と認定できるはずです。

 

また、個人的な空想・創作・隠蔽の理由が示されず、

組織的な創作でもないのであれば、

それは組織的な隠蔽であると認定すべきものと考えられます。

 

日常生活で何かを取り繕うということについて

隠蔽という言葉は強過ぎるでしょうが、

ただ、取り繕うということも何かを覆い隠すことであり、

少なくとも、公務に関する重要なことについては隠蔽と評すべきです。

 

以上のように考えられるので、

意図的でない 虚偽申述であるという捉え方は、

隠蔽を擁護するものであるということになります。

 

隠蔽を隠蔽するもの、

隠蔽の正当化・重ね塗り・上塗りに

ほかならないでしょう。